鉛甘味料うるたこんべ

変なもの愛されないものを主とした本、映画、工作、その他の記録

絶望と音楽 「ショスタコーヴィチの証言」 は正直かなり面白い

ショスタコーヴィチの証言を読みましたよー。

クラシックを齧ったことのある人ならば名前くらいは聞いたことがあるかもしれない、音楽史的にも重要な位置を占めるかもしれない書物をやっと読みましたー。いえー。

 ショスタコーヴィチの証言 (中公文庫)

一応先に書いておきますが、この本は記者のヴォルコフさんがショスタコ先生にインタビューした内容を纏めて、ショスタコ先生の死後にヴォルコフさんの亡命先で初めて発表されたという代物でございまして、その発表の経緯や書かれている内容から、当時より「ヴォルコフが創作した偽書なんじゃないか」との疑いをかけられているのです。で、私がネットで調べた限りは、「偽書っぽいけど全部でたらめって訳じゃない」というクソ曖昧なのが定説なんだそうです。

 

そうなんですけど、

私は「証言」に書かれている内容は全て「ショスタコ先生の語った真実」として受け取りたいと思います。(「実際にあった真実」ではないところが地味にポイントです)

理由は、そっちの方が面白いので。

私は別に研究者とかじゃないんで、真実よりも面白さの方が重要なのです。ショスタコ先生は「証言」に書かれているような人間であって欲しいというのが私の願いであり、過去は改編できるのがソ連式なのです。(ショスタコ先生に嫌われそうな考え方ではあるけど)

 

では、

 

あらすじ!

今語られる20世紀最大の作曲家ショスタコーヴィチの生涯!死臭に満ちたスターリン体制下のソ連で彼は誰と出会い何を思いどう生きたのか!?

あらすじ終わり!

 

この本、正直かなり面白いんですよ!

一応体裁として、ショスタコーヴィチは自分語りが嫌いなので、ショスタコーヴィチと関わりのあった他人について語ることによって、ショスタコ自信の考え方などについても明らかにしていくという書き方をされており、当時の芸術界隈や社会情勢、政治との関わりなどが包括的に語られて、ショスタコ先生の思う芸術のあり方みたいなことにも非常に深く言及されている超すげぇ本なんです!

ショスタコーヴィチと交友があったり、その人の作品から影響を受けた人々というのは例えば、グラズノフ、マリア・ユーディナ、トゥハチェフスキー、メイエルホリド、ゾーシチェンコ、アンナ・アフマートワ、ゴーゴリムソルグスキーなど他にもたくさん。逆に軽蔑の対象として語られるのは、スターリンやその不愉快な仲間たち、体制に媚びを売るくだらない芸術家などです。

その人たちについての忌憚のない率直な印象が語られています。たまにえらい大御所がdisられててびびります。例えばトスカニーニショスタコの解釈は全て間違ってるんだそうです。まじかー。

 

本の中でも非常に多くのエピソードが書かれているのがグラズノフなんですけど、グラズノフショスタコーヴィチの何とも言えない師弟関係は読んでて嬉しくなっちまいます。曰く「グラズノフの作品は正直退屈だが、それでもグラズノフは本当に偉大な伝説の音楽家である。」(意訳)。他にも、グラズノフはほとんど年を取ったでかい子供だとか、重度のアル中で授業中に隠れてウォッカを飲んでたとかのエピソードを語りながら、それでも本当に偉大な音楽家なのだと力説するショスタコ先生が微笑ましく、素敵です。

 

この本で初めて知った人の中で気になったのは、ピアニストのマリア・ユーディナ。曰く「ユーディナが弾くとどんな曲でも他の誰とも違う演奏になる」のだそう。気になったのでyoutubeに上がってるのをいくつか聞いてみたらマジでそうだった。なんというか、バッハがヴェルディみたいにドラマティックになってた。私はピアノ曲は疎いので他の演奏との比較はできないのだけれど、こんな演奏をするのはたぶんこの人だけだ。語られるエピソードも破天荒そのもの、「恵まれない人に自分の家をあげた」り「貰った金をすぐに恵まれない人に寄付してきた」り「スターリンにえらい不遜な手紙を送った」り訳が分からないけれど非常に愉快で痛快です。本の中でショスタコ先生が何の解釈も加えない相手はこの人だけだったかもしれない。

 

ゾーシチェンコ、アフマートワ、パステルナークらは作家、詩人で非常に気になる存在なんだけど翻訳されてる本がえらい少ないみたいで悲しいです。

 

 そんな感じで普通に楽しい話をそこかしこに織り交ぜつつ、それだけで終わるわけがないのがスターリン体制下のソ連です。

先ほど沢山名前を挙げたショスタコーヴィチと交友のあった人々ですが、そのほとんどは当局からの弾圧によって国外に亡命したり、失意のうちに死んだりします。この絶望!

語られる環境が余りに理不尽かつ余りに絶望的過ぎて正直ドン引きです。

例えば、

昨日まで生きてた人が今日になったら記録からも記憶からもいなくなった。

スターリンがちょっと嫌な顔したので粛清。

子供が親を密告する映画が美談として作られていた。

など。

オーウェルもびっくりのディストピアが、リアルにそこにあったものとして描かれるのです。「動物農場」と「1984年」は読んでるし、ソ連が元ネタになってるのも知ってたけど、小説だからある程度は誇張されてるものだと思ってたんだけど、そうじゃねぇんだなっていうのがよくわかる。オーウェルがびっくりしたディストピアがそこにありました。

 

今日友人だった人が明日には密告者になるかもしれず、常に死と隣り合わせの国で、実際に友人や知人、民衆の死を目の当たりにしながら絶望の淵に立って音楽を作り続けた男、ショスタコーヴィチ。この本を読むことによって彼の残した音符の裏に人々の屍や独裁者の影を見つけることができるかもしれません。

また、音楽を紐解くための一助としてだけでなく、人々の悲劇を知り、過ちを繰り返さないためにも、もっと広く読まれるべき本です。

あと、別にそんな堅苦しい目的がなくても、この本が面白いというただそれだけの理由で読んでもいいと思います。

 

BGM ショスタコーヴィチ 交響曲第11番より 2楽章


Shostakovich Sym.11 2nd Mov. - 2

(これかっこいい曲だと思ってたんですけど、本を読んで「血の日曜日事件」を調べてから聞くと、祖国への失望と恐怖で涙が出るんですよ)