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鉛甘味料うるたこんべ

変なもの愛されないものを主とした本、映画、工作、その他の記録

清廉潔白なヒロインの下には死体が埋まっている 罪の光ランデヴー

エロゲ

エロゲ、「罪の光ランデヴー」やり終わりましたよー。いえー。

 

この時買ったやつです↓

urutakonbe.hatenadiary.jp

 

 

私、ちゃんとエロいエロゲをやったのは初めてなので、(昔、クラナドは、やったけれどあれはエロくなかったし)なかなか新鮮で、楽しくプレイすることができましたー。

 

気付けばクラナドから10年以上の月日が流れていることに驚愕しつつ、書いていきましょう。

あ、ネタバレあります。

 

エロゲブランク10年の身としてまず思ったのが、背景の美しさとか、キャラクターの表情やポーズが多彩で場面に合わせてくるくる変わる感じが非常に進化してて、正直それだけでも楽しめるくらいのクオリティーになってるすげぇ、ってことです。

背景は単に緻密になって解像度が上がったとかではなく、ちゃんと美しく見えるように構図とか光源の位置とかまで考えられていて、かつ、イヤミでない、ずっと見てられるような絵になっています。何度か同じ場所でのシーンがあっても何度でも「うわ、綺麗!」と思えるクオリティーですすげぇ。

画面上を桜が舞う演出とか、歩きシーンがアニメになってたりっていうのもあの頃はなかった(と思う)演出だったので、「桜散ったー!」「歩いたー!」と、いちいちビックリしながらのプレイでした。

 

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メインヒロインは左から「あい」「風香」「円来」の3人。

3人とも巨乳です。(「風香」は比較的小さいとはいえ、十分巨乳の範疇)

 

で、3人それぞれの「罪」をテーマに物語が紡がれます。

罪と言っても犯罪とかではなく(一部犯罪かもしれないけど法律に詳しくないのでわからん)、非道徳的とか、周囲の期待を裏切る行為、というレベル。

何が罪か、というよりは罪とどう向き合うか、どう折り合いをつけるか、みたいな話。

 

自分の行いが

→罪になるからやめる、のか

 →罪と知りつつ突き進む、のか

  →罪であることを逆に利用する、のか

 

いろんな選択肢の中から自分とパートナーにとっての最良の結末を模索していく姿は青春という感じ。一度は「罪になるからやめる」選択肢を選んだとしても、なんやかんや「罪と知りつつ突き進む」選択肢に進んでくれるのが痛快で素敵です。なんだかんだ言っても本当の望みはそこにあると思うから。

(風香、円来ちゃんルートはそんな話かなぁ。背負った罪をどう処理するかの違いはあれど。)

 

で、「罪であることを逆に利用する」のが、あいちゃん。

多少語弊はあるかもだけどそんな感じ。あいは、主人公の野々村と、「罪によって繋がること」を求める。

野々村に自分のことを覚えていてもらうために罪を犯すっていうのは、ある種の承認欲求でいいのかしらん。

誰でも時には、「嫌いな人」とか「嫌いな上司」への呪詛が頭の中をグルグルと回って離れなくなることってありますよね。その相手の立場で考えた時に、たとえそれが憎しみだったとしても、四六時中自分のことを思っている人がいるっていう状態に喜びを覚える心理っていうのは実際にあるんだろうなぁと思いまして。

要はそれって解釈によっては、自分はその人にとっての「特別」ってことになるから。

あいちゃんはたぶん、ちょっと孤独でいる期間が長すぎて、自分と向き合う時間があまりに長すぎて、遂には「罪の繋がり」に喜びを感じている自分を見つけてしまったのかもしれません。罪に魅入られてしまったのですね。

流石のこじらせ具合で素敵だとは思いますけれど、とんだ地雷女ですね。

まぁでも、好きですよあいちゃん。おっぱいでかいし。

そんなあいちゃんの物語がどんな結末を迎えるかっていうのはこのエロゲの見どころですね。

 

あと、メインヒロイン3人以外にもサブで「セリカ」と「深柑先輩」が出てくるのだけれど、2人とも凄いいいキャラなので、この2人のシナリオもあったらよかったのにと思ってしまいます。

 

セリカ」は野々村と結ばれなくていいから、うまいこと円来ちゃんと一緒になるルートが欲しかったなぁと妄想します。そのためだったら途中から主人公はセリカに交代とかでも良かったのになぁ。セリカの野望ルートとか。

(要はレズプレイが見たかったのです。)

 

時折挟まれる深柑先輩の、淡々としているようで実はすごく優しく、実は凄く熱いキャラクターが、暗い展開も多いこのエロゲの凄い癒しになっていたので、深柑先輩には凄く愛着があります。(ストーリーに大きく関わってこないからこその癒しでもあったのかもしれないけれど)ただ深柑先輩はどうやったら落ちるんだろう?知的好奇心の塊みたいな人だから、野々村が「お互いの裸をデッサンしましょう」とか持ちかけたらなんやかんや応じてくれないだろうか。

(要は淡々とした先輩が乱れる姿が見たかったのです。)

 

えー。

人と人が「罪」で繋がるっていうのは好きなテーマで、なじみ深いもので言えば「ルパンと銭形」とかも罪の繋がりで結ばれてたり、古くは「フランケンシュタイン博士と怪物」の関係まで遡ることのできる人類普遍の生れ出づる悩みですからね。とはいえ、「罪」のテーマって一般的には「道徳的」「常識的」な立場からしか語られることがないから、あんまり本質に迫るものは少ないって気がします。

そういう所に、「道徳」のしがらみから解放されたエロゲという媒体で切り込んでいくっていうのはすごくいいなぁと思いました。(まぁ、そんな意図があったかは知りませんけど)

そういえば「背徳」と「エロ」っていうのは相性抜群の黄金コンビだと思ってたんですけど、なんか作中ではセックスがえらく肯定的に扱われていて(風香シナリオだけちょっと背徳的だったけど)あれぇ?って感じでした。でもよく考えると小説とか映画とか、なんならAVでさえセックスに対してこんなに肯定的なことってないから、逆に新しいのかもしれない。うーむ。

 

あと、ちょっと気になったことがあります。

 作中の村では最初のシーンから、最後のシーンまでずっと「桜」が舞っています。

ゲーム内で季節が巡る描写はありませんが明らかに数週間の物語りって訳ではなくて、どう少なく見積もっても数か月は時間の経過があるはずなので、(ただし1年は経ってない)その間ずっと桜が咲いてるっていうのはおかしいのです。

(演出の関係上綺麗だからと言ってしまえばそれまでですが)

で、考えたのですが、「桜」は罪上に立つ美しさの象徴だったのではなかろうかと。

これって完全に梶井基次郎桜の樹の下には」式なんですけど、

青空文庫のリンクを張ります。短いし面白いので読んでみてはいかがか)

梶井基次郎 桜の樹の下に

要約すると、

桜ってちょっと綺麗すぎてどうにも嘘臭く、恐ろしく感じる。何の負い目もなくこんな風に咲き誇る花などありえない。きっと桜の樹の下にはおぞましい死体が埋まっていて、そこから養分を得ているからあんなに綺麗に咲くことができるのだ。そう考えれば私も納得して素直に桜を楽しむことができる。

みたいな話。

 

エロゲのヒロインも同じようなもので、純真無垢、清廉潔白で完全無欠なヒロインなんてあり得なくて、その背後に数々の「罪」を背負いながら可憐な笑顔を振りまいているのかもしれません。

作中で桜がずっと咲き続けているのは、

少女たちが自分の罪を受け入れ、各々の未来へと歩んでいく姿を、死体の上で咲き誇る桜に見立てたのかもしれません。

 

(いや、そんなことはないか。)

 

BGM

天野月子 「翡翠(A moon child type)」


天野月子 翡翠(A moon child type)