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鉛甘味料うるたこんべ

変なもの愛されないものを主とした本、映画、工作、その他の記録

啓蒙しておくれ 「ファイトクラブ」 で、どこまでもいける

深そうな映画撲滅キャンペーン中なのでー。なんかそれっぽいやつをー。

と思って、今回は「ファイトクラブ」という映画を見たのだけれど!

意外!これは、「深い」映画だった!「深そう」ではないからセーフ!

 

あらすじ!

うだつの上がらない主人公はうだつの上がらないなりに金も稼ぎそれなりの生活をしていた。ある日飛行機で同乗した超絶イケメン、タイラー・ダーデン!ブラピ!なんやかんや彼とともに生活するようになり、ファイトクラブなる集会を開くようになる。タイラー・ダーデンと接するほどに、主人公も急速な変化を遂げていくのだった。

あらすじ終わり!

 

思うに、「ファイトクラブ」は、主人公をしがらみから解き放ち、自由にする、解放の物語なんです。

 

 えー。

行動療法をご存じだろうか。

この治療法は例えば重度の潔癖症の治療などに使われるそうだ。重度の潔癖症ってのはそれは厄介でドアノブが触れないとかそんなレベルのやつがあるんだとか。それはさすがに治療しなあかんってんで行動療法です。何をするって、便器を、触ってみるんだって。(別にうんこがついてるやつじゃないよ。)何が目的って、そんなことしても対して何も起こらないことを確かめるためなんです。潔癖症ってのは、汚いのは悪だ、っていう実は対して明確な理由のない思い込みに過ぎないようなところがあるんです。理由のないようなことだから、実践して、何も起こらないことを実証、実感する(便器触ったからって何も起こらん)ことが回復への糸口になるんだとか。

まぁ、こういう治療法があって、”ちゃんと効果が認められている”って話がしたかったの。

( 完璧主義とか、うつ病を治すための行動療法とかもあるらしいのでそっち系の人は検索検索ぅ!)

 

で、ここからは行動療法風評被害になりそうなので、別に関係のない話だっていうのだけ念を押しつつ、似たような手法を少し書きたい。

行動療法的な考え方っていうのは別に精神疾患とかに限った話ではなくて、「物理的には出来るはずなのにできないこと」みたいなやつ全般に適用できると思うんです。

難しい話ではなくて、例えば「犬が怖くて近づけない」とか、「アニメはオタクの趣味だからキモイ、見れない」とかは、まぁ、軽いやつ。

同様にして、「法律違反だからできない」とか「常識的じゃないからできない」とか、あとは「きっとできないから、やらない」に関しても、できるようになる。

 

やっと「ファイトクラブ」の話。

主人公が変化していくのって、この、似たような手法によるものだと思うんですよね。

「人を殴るのはいけないことだ、できない」「上司は自分より偉い、歯向かってはいけない」「痛いのは嫌だ、できない」

主人公はこれらを「実践すること」により次々に克服して、自由になっていく。

会社で奇異の視線にさらされても全然気にならなかった。

作中の言葉で言えば、「どん底へ落ちていく」んです。社会的には底辺かもしれないが、本人は案外気持ちがいいかもしれない。

分かりにくい(でも自分的にはハマる)言葉で言えば、「存在の耐えられない軽さ」に耐えられる強さを身に着けて、どんどん重さを取り除くことができるようになる。

 

しかし悪が成就する話は少ない。

どん底に近づくほど社会の介入が激しくなってくるからだ。(警察ね。)

それを知っているから、多くの場合は踏みとどまる。どん底まで行くことはない。

 

だからこそ!

 

きっと”どん底”まで一気に、何の躊躇もなく突き進むことのできる男!

タイラー・ダーデンは!

私たちの心を啓蒙してやまない!

カリスマ!

なのである!

 

はい。

ちょっと自分が危ない人みたいになってきたのでここでちょっと冷静になります。

上記のやつは効果のある考え方なので、節度さえ守れば本当にいいですよ。特に「きっとできないから、やらない」は直すべき。

で。

ここまでの文章だと暴力とか犯罪を肯定する感じになってしまう気がするんだけれど、そうではないってことを言っておかないとやばいですよね。「ファイトクラブ」も私も暴力を肯定はしませんよ。この映画のことを暴力肯定映画だ!っていう人はアホですよ。

 

そりゃあ、暴力とか犯罪のことを考えている奴ってのはやばい奴ではあるんでしょうけど、理由になってない理由(法律とか)でそれらについて考えることもできない奴ってのはもっとやばい場合があるのではないかと思うのです。

 

こいつらの違いっていうのは、暴力、犯罪に至る過程に対しての理解があるか、ないか、なんですよね。例えば、ある人のことがむちゃくちゃムカついてぶっ殺してやろうと思った時も、暴力に対しての理解があれば、最後まで行ってしまう前に自分を客観視して、踏みとどまることができるかもしれない。(これは進〇ゼミでやったところだ!やっべぇ!ってね)

理解してなければ…?自分が何をやっているのかすらわからないまま最後まで行ってしまうかもしれない。

 

だからさ、映画とか作り物の中で暴力を体験(体感?)しておくのはアリだと思うのよね。怪我しないし捕まらないし。

 

 

というわけで、この映画ね、書かなかったけど、他の映画だったらメインを張るような大仕掛けとか(そっちの方についてもいろいろ書きたいことはあるなぁ!でもやめとこ。)、謎の映像技法とかもあるんだけど、それらが些細なことに思えるくらい訴えかけてくるテーマがすごいのでマジ見ましょう!

いや!

テーマとか何も考えずにただ何となく見るだけでも実はかなり楽しいので。あとほら!ブラピかっこいいので、見ましょう!