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鉛甘味料うるたこんべ

変なもの愛されないものを主とした本、映画、工作、その他の記録

君の戦い方 「素晴らしき日々~不連続存在~」 教えて

エロゲ

素晴らしき日々~不連続存在~」をフルコンしましたのでなんか書きますよー。

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この「素晴らしき日々」はエロゲ名作選なんかでは毎回名前が挙がる作品で、私は(何故か)身構えながらやったのですが、噂にたがわぬ大傑作でした。

文学からの引用が多く、引用元がどれも気になってしまうので、フルコンするころには隣に本が積み上がっている読書家歓喜な作品です。(フルコンまでめちゃくちゃ時間かかったのにまだ終わらせてくれない!嬉しい!)

とはいえ「素晴らしき日々」のテーマとなっている最も重要な引用元は、

ウィトゲンシュタイン論理哲学論考」ですね。私は未読です。

論理哲学論考 (岩波文庫)

論理哲学論考 (岩波文庫)

 

 他の引用元、出てくる本は、(思い出せる限りで)

エドモン・ロスタン「シラノ・ド・ベルジュラック

ルイス・キャロル不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス

ニコラウス・クザーヌス「学識ある無知について」

ジャン二・ロダーリ「猫と共に去りぬ」

ガルシア・マルケス「予告された殺人の記録」

エドウィン・アボット・アボット「フラットランド」

アニメ、漫画、エロゲ、サブカルからの引用も多数、あとクトゥルー神話の邪神も名前だけちょっと出てきます。

 

なんかめちゃくちゃ敷居が高そうな感じがしますが(高いのも確かですが)、この辺りは分からなくてもいいけど分かったら嬉しいってくらいの認識でいいと思いますし、魅力的なキャラクターと物語の牽引力で敷居の上までぐいぐい引っ張ってくれるので、安心して下から手を伸ばすだけ、何も考えずに買って、やればOKです。人の背丈ほどもある敷居の上に上がってみると世界が違って見えるかもしれませんよ。(敷居は跨げよと)

 

また、いじめ、自殺、カルト宗教、薬物、その他犯罪などのインモラルな描写 が多々あるので、むしろ苦手な人にこそやってもらいたいエロゲです。

 

で、ここからネタバレありになります。

プレイ前に知ってしまうと面白味を大きく損なうと思われる部分がありますので注意。

 

OP たま 「電車かもしれない」


[MAD] ジャバウォッキーかもしれない

 

 

ここからネタバレありです。

水上由岐ちゃんと、間宮卓司、悠木皆守くんは皆守くんの体を共有する三重人格であることなど踏まえた上で、お気に入りの2人について書いていきます。

 

水上由岐

第一章「Down the Rabit-Hole」の主人公で、頭が良くて、読書家で、強くて、ひらひら服の似合う素敵な美少女です。こんな完璧超人なのに言動がおっさん臭い所があるからか、鼻につくようなこともなく、素直に好きになれます。もう、私が読んだことない本を読んでる娘は絶望的に好きだなぁ。大好き大好き! 

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この完璧超人の水上由岐ちゃんですが、物語が進んでいくにつれて、めちゃくちゃややこしくて曖昧な存在であることが分かってきます。

まず、身体の主である皆守くんの一人格として羽咲を認識できる由岐ちゃん。由岐ちゃんが消えかかっているときに現れる羽咲を若槻姉妹として認識する水上さん。過去に実在した羽咲を庇って死んだ由岐姉、と、少なくとも3人くらいの水上由岐ちゃんが登場します(呼称は私が勝手に決めました)。さらに、由岐ちゃんと水上さんは由岐姉の魂を持った幽霊のような、皆守くんの脳内疾患により生み出された妄想に過ぎないような。妄想に過ぎないのだとしたら由岐ちゃん、水上さんは皆守くんの願望としての水上由岐でしかなく、由岐姉とは全くの別人なんじゃないか。

みたいな。まさに不連続存在というか、もはや存在自体があゃしぃ。

どう解釈してもいいし、むしろ曖昧なままにしておいてもいいけど、どうする?みたいな問いそのもののような存在です。どうしよう。

 この問いについてどうこうする姿がエンディングでも描かれるので重要なテーマです。

 

そんな危うさが分かってくると、由岐ちゃんのおっさん臭さや、「どったの?」とかの微妙に違和感のある口癖が、由岐ちゃんの存在の証明のように感じられてとても愛おしくなってきます。好きな人は、存在していてくれるだけで嬉しいものです。

 

 

橘希実香

 橘希実香ちゃんは完璧超人じゃない方のヒロインなので、実際問題リアルに無力な私なんかは希実香ちゃんに非常に勇気を貰いました。水上由岐ちゃんが「憧れの人」だとしたら希実香ちゃんは「同志」とか「戦友」みたいな感じです。そして可愛い。f:id:urutakonbe:20170109180827p:plain

希実香ちゃんはいじめられっ子で、自分が圧倒的に虫けらであることに自覚的で、虫けらのままで、虫けらなりの方法で敵に立ち向かう姿が描かれます。その姿は勇ましくも儚げで、悲しいくらいに滑稽で、この上なく美しいです。

 

人間というのは不平等なもので、むしろ不平等な方が自然で当たり前だから、その中でどうやって立ち向かうかをちゃんと考えてるって感じです。私も「なぜ平等でないのか」式の論理はいまいちピンと来ないし、なんか勝てない気がします。

虫けらが人間に立ち向かうためには、虫の武器を使う必要があります。闇に潜み、相手の隙をついて、針で刺す、毒や細菌を使うなどの方法が有効でしょう。潰せば死ぬ虫ごときが、自分のことを人間と認識して、針も毒も抜かれてしまったら、それこそ戦いようがありません。虫パンチ、虫キックは人間に対して有効ではないし、虫が人間に助けを求めたり命乞いをしても、それは無駄なのです。

そのあたりを踏まえた上での、希実香ちゃんの戦いは本当に見事です。

 

希実香・ざくろエンドでは入手可能なあらゆる凶器、化学薬品、情報を駆使していじめられっ子に立ち向かい、遂に平凡で当たり前の日常を手に入れます。希実香ちゃんが作中で使用したナイフはエストレイマラティオBF2タクティカルタントー(声に出して読みたい)とか言うやつなのですが、このタントーブレードという種類のナイフを調べてみると、「深く突き刺しやすいデザインで殺傷能力に優れているが、キャンプなどの実用には向かない」のだそう。これは希実香ちゃんの実用(殺傷)に重きを置いたナイスなチョイスですね。

 

希実香・卓司エンドは、あらゆる手段や救世主パワーを使って最大限の勝利を修めます。これが本当に地獄のように幸せなハッピーエンドで、常識的に見てどんなに汚くても、狂っていても、間違っていても、最高に美しかったです。

 

 素晴らしき日々

 「素晴らしき日々」ってすげぇこの上ないくらいに漠然としたタイトルで、それゆえにいろんな意味を含んでいるというか、どうとでも解釈できる⇒自分なりに勝手にいろいろ解釈しろ!というような哲学的なタイトルだと思います。

明確な答えは出してくれないんだけど、選択肢は沢山提示してくれるので、私は自分が一番嬉しい意味に解釈してしまいます。

 

水上由岐ちゃんは幽霊でも、精神疾患の妄想でも好きな方でいい。ずっといてもいいし、いつか消えてしまってもいい。

希実香・ざくろエンドで勝ち取った平凡な日常こそが幸せかもしれないし、希実香・卓司エンドは狂っていても、間違っていても、死んでも幸せかもしれないし、なんなら、信者として意味も分からずに飛んだモブ共も幸せだったかもしれないし、もしかしたらみんなその逆で不幸だったかもしれないし、不幸でも幸せだったかもしれません。

って感じでどうとでも転ばせられます。

 

素晴らしき日々」はそのあたりの認識を広げるきっかけにもなり得るし、不幸でも虫けらでもこれで幸せになれるかもしれないし、というか単純に物語がめちゃくちゃ凝ってて、ギャグパートもマニアックで面白くて、あと、ちゃんとエロい、とてもいいエロゲでした。

 

論理哲学論考読まなきゃ。

 

ED「空気力学少女と少年の詩」


【高音質】空気力学少女と少年の詩 【Full】歌詞付き

「マルドロールの歌」は23歳のホールデン坊やによる中二病ノート

読書

シュルレアリスムの原典?みたいな位置づけで語られるロートレアモン伯爵「マルドロールの歌」を読みましたよー。

 

マルドロールの歌 (集英社文庫)

 

この本の著者、ロートレアモン伯爵っていうのは筆名で、本名はイジドール・デュカスって言って、伯爵でもないんですけど、「マルドロールの歌」はこのデュカス君のありったけの呪詛、社会とか神とかに対するFuck youで構成されます。

 

反抗的な要素を書き出してみます。

・全編に渡って文法がめちゃくちゃ(ただし、これは訳のせいもあるかもしれない)

・既存の概念にとらわれない斬新な比喩表現

・社会への反抗

・神への冒涜

などなど、ほとんどすべての要素がまっとうな文学、まっとうな生き方の逆を行く内容となっており、とても読みにくく意味不明な文章のオンパレードなのですが、それでいて「マルドロールの歌」が反文学などと呼ばれたり文学会で一定の地位を占めるのは、そこにある種の輝きを見出すことができるからなのかなーと思います。

 

有名なところだけでも引用しておけば、「マルドロールの歌」の反文学っぷりが少しは伝わるでしょうか。(ここには冒涜、不平不満要素はないけど)

彼は、肉食鳥の爪の緊縮性のように美しい。いやそれよりも、くびのうしろのやわらかい部分の傷のなかの筋肉の、おぼろな動きのように美しい。いやむしろ、捕えられた動物地震によって、つねにふたたび仕掛けられる、齧歯類だけをかぎりなくつかまえる 、麦わらのしたにかくしておいてもしっかり機能する、不滅のネズミとり器のように美しい。そしてなによりも、ミシンとコウモリ傘の、解剖台のうえでの偶然の出会いのように、彼は美しい!

 全編こんな感じの分からないような分からないような分かる・・・?ような文章で綴られているので、正直自分は何を読んでいるのか?果たしてこれを読む意味とは?そしてその価値はあるのか?と自問するような苦行読書ではありました。(言葉のチョイスだけは非常に独特で面白いのでそこだけが救いです。)

 

で、一通り読み終えて改めて振り返ってみると、なんかロートレアモン伯爵ことデュカス君は随分とかわいいやつだったんじゃないかと思えてきて、そう思うと苦行のようだった「マルドロールの歌」もだんだん愛しくなってきました。(私は錯乱しているのかもしれません)

なんというか、「マルドロールの歌」って、まるっきりデュカス君の自分語りなんですよね。キャラクターを虱だのスカラベだのに置き換えてはいるものの、社会への不平不満を、ほとんど自分にしか理解不能な比喩を使い、読者を置いてけぼりにするような自分勝手な文法で書いたこの本は、

そう!これはまさに中二病ノート!なのです!

デュカス君はロートレアモン伯爵という偽名を使い(しかも何故か伯爵と地位まで偽って)中二病ノートを出版したのです!これは激萌えですよ!

 

そうやってデュカス君の未熟さに焦点を当てて読むといろんな発見がある気がします。

 

例えば、「マルドロールの歌」にはいろんな動物、虫、魚介類が登場して比喩に使われてて、その見た目や習性に関してもなかなかに細かいところを突いてくるんですけど、その割に人間があまり出てこなくて、出てきてもなんか紋切型というか典型的社会人ってこんなんでしょっていう「イメージ」だけで描かれてる気がしてどうもうまくないんです。これも私的に萌えポイント、共感ポイントで、デュカス君ってたぶんコミュ障なんですよね。

デュカス君は周りの人と内面の深いところまで踏み込める関係を築いていないから、外面のつまらない、胡散臭いところばかり目について、社会も神も嘘ばっかりだと文句も垂れたくなるんだと思うんです。その点動物はほぼ本能で動いて、嘘が介在する余地もないからコミュニケーションなんぞとらんでも一方的な観察だけである程度理解できていいよね。

私もちょっと前に、車の窓に蜘蛛の巣が張ったことがあるんですけど、面白いからそのまま取らずに放置して観察してたんです。そんなに足があってどうやって歩くんだろう、どうやって巣にくっついてるんだろうとか考えて見てたら、だんだん可愛くなってきて、危うく蜘蛛との間に友情が芽生えそうになりました。

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(運転席と蜘蛛の偶然の出会い。90㎞/h出しても吹っ飛ばないくせに、停車している間にいなくなりました)

 

文法がぐちゃぐちゃで読みにくいのも、ただ未熟なだけ。

訳の分からない比喩も、ただ空気が読めないので周りと同じようにできないだけ。

なのかもしれません。

 

個人的にこの感じは「ライ麦畑でつかまえて」のホールデン坊やを思い出しました。「マルドロールの歌」の出版当時デュカス君は23歳、23歳のホールデン坊や。

うわ、きっつー。

(そんな本にえらい大人たちが夢中になったって考えるとまたすげぇ面白いです)

 

ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)

 

と、ここまでめちゃくちゃdisったような書き方をしてきましたが、これは私が「マルドロールの歌」を楽しく読むための妄想に過ぎないってことは断っておいて、例え上に書いたことがすべて真実だったとしても「マルドロールの歌」の価値は全く衰えることはなく、大人たちが夢中になる理由も実は何となく理解できるっていうことについても書いておきます。

 

「マルドロールの歌」を書ける人って、たぶんデュカス君の他にいないんですよ。

「マルドロールの歌」を書き、世に出すためには、「文章が上手くならないこと」「読みやすさを考えないこと」を維持したうえで、動物に関する博識を身に着けたり、文庫にして303頁の文量を書ききる必要があり、更にそれを出版するためには、自分の書いたものの価値や正しさを信じきっている必要があるんです。

またdisってるみたいになりましたけど、これは素直に凄いことですよ。

凡人は大人になっていく過程で「自分には才能がない」ことに気付いたり、「上手い文章の書き方」みたいなのを学んでしまった結果、社会生活するうえで必要なものを得る代わりに、「わけのわからない何か」を失ってしまうんですけど、その「何か」を大人になるまで保ち続け、更に信じ続けることができるっていうのは並のことではありません。

 

所謂「ヘタウマ」に近い感覚ですかね。

「初期は絵が荒かった漫画が、長期連載するにつれてだんだん上手くなったけど、なんか初期の絵の方が迫力があったよね」

とか

大槻ケンヂは間違いなく歌ヘッタクソなのに何故か最高だよね」

とか、そういうやつです。

そして上手くなることによって失ってしまった「何か」はほとんどの場合は二度と取り戻せないんです。

 

晩年のピカソも言ってます。(ピカソってあのピカソです)

この歳になってやっと子供らしい絵が描けるようになった。

誰でも、ピカソの絵を見てへったくそだなぁと思ったことってあると思うんですけど、あれはピカソが上手くなる過程で失ってしまった「何か」を努力によってようやく取り戻した結果のやつだったのかもしれません。

 

大人たちは「マルドロールの歌」に「あの日の自分が書けなかった」そして「二度と書くことができない」「何か」を見出したからこそ、魅了され、夢中になったのではないでしょうか。

 

 

この種の面白さってイマドキは特にないがしろにされてる感があって、個人的に凄く悲しいんです。

「ミシンとコウモリ傘の、解剖台のうえでの偶然の出会いのように美しい」っていわれて人類の何割くらいが「せやな」と思えるのでしょうか。

私のブログもできればこの種の面白さが出せるといいなーと思って、文学も漫画もエロゲも、クラシックもロックもアニソンも、映画もニコニコ動画も、全部同列で扱い、かつ、すべての分野に関してにわかでいることで変な出会いが起こらないかと期待してる所があるんですけど、なかなか難しいですね。

 

マルドロールとホールデン坊やの出会いなら少しは美しいでしょうか。

 

 

ED 筋肉少女帯「蜘蛛の糸~第二章~」

(デュカス君はたぶんこんなやつ)


筋肉少女帯 - 蜘蛛の糸 ~第二章~

オタサーの姫に告られた結果wwwww の結末は最初から決まってるようなもん

エロゲ

みさくらなんこつ、ハースニールのエロゲ「オタサーの姫に告られた結果wwwww」やりましたーv(゚∀。)vアへェェ

この記事は、ややネタバレ含むのと、結局結論が出ないのと、にわか臭がすると思うので注意です。

 

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このエロゲはですね。 この時にメイドさんからオススメしてもらったやつです。良かったです。メイドさんのゆうことは聞いとくものだ。

urutakonbe.hatenadiary.jp

 

あらすじ!

オタサーの姫に告られた結果wwwww♡♡♡!!!♡♡♡♡・・・・・・・・・。

あらすじ終わり!

 

私が無知なだけかもしれませんが、オタサーの姫とかサークラとかメンヘラとかって、ここ20年くらいで生まれたThe現代の闇って気がして、新鮮でよかったです。

本人たちは真剣に悩んだりしてる気でいるんだろうけど、端から見るとめちゃくちゃ狭い視野で選択、行動し、当たり前のように破滅していくのが酷く滑稽で絶望的にいい感じです。笑える悲劇ですね。今もどこかでこんな感じにサークルがクラッシュしているのかなー。いいなー。

 

 

姫という人種はリアルで関わったことがないので分かりませんが、主要オタクの皆さんはその界隈でよく見かけるようなTheオタクとしてよく描かれていました。

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因みに私は主人公の飯島くんタイプですね。(飯島くんは立ち絵なし)

「思い込みが激しくて」うん、「自分のことしか考えてなくて」そうだわ、「他人のことを見下してる」見下してるわ。

その傾向はたぶん、このブログの過去記事なんかからも読み取れる気がするんですけど、どうなんでしょう。こうやって書くと私がヤバいやつみたいになってしまうんですけど(このエロゲ内での飯島くんの行動は常軌を逸しているので)、まぁ、いいです。

因みに、↑に貼ったメイドカフェの記事で、私が「メイドさんいいね!!」ってなるまでの思考回路 と、飯島くんがミユミユ(姫)にちょろまかされるまでの思考回路がほぼ同じだったりします。私も飯島くんもちょろイですね!(あの日の私はルーチンワークでちょろまかされたのかなー。それはそれで素敵。)

 

 

このエロゲ、当然のようにバッドエンドしかなくて、当たり前のように破滅していくオタクたちと姫の物語が楽しい作品ではあるんですけど、どうにかしてミユミユを幸せにできないだろうかと、どうしてもグッドエンドを模索してしまいます。(飯島くんのグッドエンドはなくていいです。)

それはミユミユが可愛くて、簡単にヤラせてくれそうだからっていうのは確かにあるんですけど、ミユミユってビッチな所だけ目をつむれば割と悪い子ではないような、素直ないい子のような気がするんですよね。

 っていうのも、ミユミユは単に「チョロいオタクどもを操って自分のいいようにしよう」というスタンスではなくて、一応「みんなで楽しくやりたい」とか「あの人ともっと仲良くなりたい」みたいな好意で動いてるっぽいから。

悪意は、ない。たぶん。悪意はないけど、「自分悪いことしてる」っていう感覚はあるっぽい、でもやめられないしやめない複雑怪奇なメンヘラ心理。

無意識で悪いことしてるからこその「最悪」でもあるんだろうけど、私は人が好意でしたことに対してあんまり咎める気持ちにはならないかなー。ミユミユの行動が誰かの迷惑になるっていうのなら良くないけど、オタクのみんなはミユミユの行動からいい思いしかしてなくて、例え裏切られたとしてもそれは単に元の状態に戻っただけって気がしてしまいます。オタクがモテる状態こそが異常であり、女なんぞとは縁がない状態こそが自然だと。

(まあ、他人事だからそう思う所はあるんだろうけど)

 

私がどう思うかとは関係なく物語は破滅への一途をたどり、ミユミユは主要オタクの内野崎くん以外のメンバーと肉体関係を持っていたことが発覚し(野崎くんww)、純情(笑)をもてあそばれたオタクたちとミユミユの間には被害者と加害者の関係が産まれてしまいます。

で、社会(笑)は恐ろしいもので、加害者とか、犯罪者とか、バカッターの人とかが相手だったら何をしてもいいような、そういう流れで、憐れミユミユの人権はみるみる削られていき、終盤ではもう人間ではなくオタクたちの玩具、肉便器みたいな状態となってしまいます。

(因みに、飯島くんだけは加害者とか関係なくどんな相手も最初から人間とはみなしてないような節があります。)

そして玩具のいいところは、いらなくなったり、都合が悪くなったら捨てることができることなわけで・・・。

(この対玩具的な接し方は一部のニコ生とか、fc2Liveとかで見かける気がします。割と身近にある狂気!是非リアルでは関わりたくないものです。)

 

 

で、こういう状況でどうすりゃ良かったのかっていうのをいろいろ考えた結果、ミユミユはどこで間違ったのか?どこからやり直せばグッドエンドの可能性が産まれるのか?が全く分からないところがこのエロゲの恐ろしさって気がします。

たぶんどうあがいても、絶望。

飯島くんに声をかけなければよかったのか、そもそもオタサーにかかわらなければよかったのか。それでもミユミユはどこへ行っても同じようなことをするだろうし、例え飯島くんと関わらなくてもすぐに第2、第3の飯島くんが現れて結局破滅していくような気がするし。

じゃあさらに遡ってミユミユのパーソナリティーから矯正しないといけないのか?ってなると、「そもそもビッチは存在してはならない」ってことになってしまって嫌だし、ミユミユが救われないしなー。

日本が一妻多夫制になればいい、ってなると素敵だけど話が大きくなりすぎて現実味がないし。

 

 

うーん。

 

 

わかりませんでしたーv(゚∀。)vムリー

(この動画の感じからするとオタサーwwはみさくら語ゆるめだったんだなー。)

私たちはジョジョが大好きだ JORGE JOESTAR

読書

舞城王太郎ジョジョでやりたい放題やった本ってだけで垂涎なのに、Amazonの評価が最低or最高の二極化してるなんてそんなん面白いに決まってるじゃないですかー♡♡

と思って読みましたー。

 

ジョージ・ジョースターッ!!

JORGE JOESTAR

(表紙のリサリサは目が離れてて垂れ目であんまりリサリサっぽくない)

 

あらすじ!

ジョージ・ジョースターいじめられっ子のヘタレでありながらもリサリサの寵愛を受けゆとり生活を満喫し、なんやかんや成長して飛行機のパイロットとして活躍したりするのだった。そしてもう一人の名探偵ジョージ・ジョースターは究極生物、吸血鬼、神父、悪魔、殺人鬼などのチート能力者たちに翻弄されて、西暁町、杜王町、火星、イギリス、裏返った杜王町、アメリカ、隣の世界、あらゆる時と場所を駆け巡る奇妙な冒険に巻き込まれていくのであった。

あらすじ終わり!

 

要は、ジョージ・ジョースターの名を冠してこそいるがその実は単にジョージが長官ゾンビに殺されるだけの話にあらず。各部の舞台を股にかけたチート能力者たちのオールスターバトル!ASBなのです(って書くと駄作感が出るけど名作です)!

 

本編を一通り読んだ人なら誰だって思う(俺だって思う)ことだと思うんだけど、

「カーズがラスボス最強じゃね?」とか

「結局聖人って誰よ?」とか

「ディオが天国に行ってたらどうなってたの?」とか

「時を操るスタンド使い同士が戦ったらどうなっちゃうの?」とか

疑問は尽きず、

「究極生命体カーズは何を思うのか?」とか

「何故プッチの能力は時の加速なの?」とか

「エリナさんとディオ」とか

「ディオとジョルノ」とか

キャラに対する掘り下げ方も異様に深く、読書家舞城王太郎一流の解釈がこれでもかと詰め込まれているので、これを読んでから本編を読んだら、また新しい視点でより深く、より楽しく読み込むことが出来そうです。

 

各部に跨った疑問の山、妄想の大海をギッチギチに凝縮して、本編に矛盾が生じない、つじつまの合う物語を超絶技巧により構成し、1冊に纏めたのがこの本です。

こんな内容の割に本編の方に矛盾は生じないし、意外にキャラに対する解釈も「そうかもしれない」と思わせるスゴ味と説得力がありました。

 

で、こういう内容だと、この本は短編集みたいなもんで一貫したテーマみたいなものはないのかっていう気もしてきますが、そういうわけでもないです。

私が受け取ったテーマはなんだかんだ言って

 

ジョジョ

 

ですね。

そりゃそうじゃんって気もしますが、765ページの長編を書きあげるほどの愛ってすごいですよ。この本「魍魎の匣」(講談社ノベルス版)よりページ数多いんですから。

一見荒唐無稽に思える物語を包み込むのは、舞城少年が抱いた「奇妙な冒険」への無邪気な憧れであり、「こうしたい」「こうなのかもしれない」「こうだったらいいな」という祈りであったのではないでしょうか。

愛は 祈りだ。

作中で”ビヨンド≒作者がジョージ・ジョースターを主人公に選んだ”、”ビヨンドの意図がどうのこうの”みたいな、メタい表現で作家の存在を匂わせることで、他でもない「舞城王太郎がこれをやりたかったのだ」っていうのを言っている気がします。(まぁ、メタいのはいつも通りではあるけれど)

「JOEGE JOESTAR」は、舞城王太郎から荒木先生への好き好き大好き超愛してる。なんですね。文体が軽薄でも、物語が破壊的でも、結局愛は美しいよなー。

 

 

で、ここからちょっと思い付きの話

 

「何故こんなにジョジョが好きなのか」

 

私、舞城王太郎とか西尾維新とかの所謂「メフィスト賞作家」たちが、普通のいい作品だって書けるのにどうして「0か100か」みたいな好き嫌いの分かれる作風で書き続ける理由を分かってる気でいるんですけど、

あれっているのは、

「なるようにしかならない」こととか「常識の範囲内でやるのが美徳とされる」ことへの反逆なのかなって思います。

 

小説(とか漫画)って所詮紙とインクに過ぎないのだけれど、技術さえ伴えば、自分の身一つで、何の制約も受けることなく脳髄から宇宙すら引っぱり出せるっていうすげぇ文化でありまして、「なんでもあり」なのがいいところのはずなんです。

 

しかし現実に「よく」売られてる本はどうでしょう。

「誰かが幸せになって嬉しい」「誰かが死んで悲しい」

みたいなよくある似たようなきれいな話が量産され続け、こういう本はパブロフ系男子、パブロフ系女子に買われてベストセラーになるけれど、一方で「なんでもあり」の素敵ワールドを描いた作品は淘汰され、一部の狂人の中だけで愛好されるに過ぎないんです。

小説の中では「誰かが幸せになって悲しい」世界や「誰かが死んで嬉しい」世界だってあってしかるべき(まぁ、それが面白いかは置いといて)なのに、そんな本はなかなか見つけることができない。

 

そこに至った人、よくあるきれいな話をつまらなく感じてしまった人が物語を紡ぐとしたら、どうなるかってことを考えると、おそらく

「なるようにならない」「常識から逸脱する」

ことを大前提として書き始めることになると思うのです。

自分が楽しい物語を作りながら、たまにパブロフちゃんが間違えてこっち側に落ちてくるように蜘蛛の巣を張っているのです。あわよくば「なるようにしかならない」本の方が淘汰されて、もっと楽しい本が世界中に溢れるように。

 

で、そろそろジョジョの話です。

 

読書初心者、漫画初心者にとって、「なるようにならない」世界を見つけるのはすごく難しいんです。ベストセラーにならないから。日の目を見ないから。日の当たる世界にいながら「ドグラマグラ」の文字列を見つけるのは道で段ボールに入った猫の死体を見つけるくらいには困難です。

よくあるきれいな話をつまらなく感じてしまったとしても、それは自分の方がおかしいのだ、周りが面白いというのだから面白いのだと自分を偽り、うすら笑いを顔に張り付けて生きていくことを強いられるのです。

 

ジョジョはですね、そんな悲しき失格人間たちが初めて見つけるサブカルであり、「なるようにならない」世界だったのではないかと思ったのです。

だって、ジョジョって「週刊少年ジャンプ」に載ってたんですよ!(今はウルジャンだけど)

漫画の文脈からは絶対にたどり着けない独特の絵柄で奇抜なキャラクターが奇妙な戦いを繰り広げる漫画、「なるようにならない」世界が、少年たちのすぐ近くにあった。

ジャンプでジョジョに出会って「面白い世界」を初めて認識し、救われた失格人間のいかに多くあったか!自分を殺してつまらない世界に甘んじるはずだった人をジョジョがどれだけ救ったか!

悲しき失格人間たちにとってジョジョは命の恩人であり、奇妙な冒険に誘ってくれる良き友であったのかもしれません。

そんなジョジョが嫌いになれるわけがないし、大好きだし、思い出補正を抜きにしてもいまだに面白いんだから、もう、超愛してるって訳ですよ。

 

当時ジョジョが担っていた「なるようにならない」物語を紡ぐ役割を、黄金の精神を、今、舞城王太郎とか西尾維新とかが受け継いでるんだとしたら、それは素敵なことだなって。

 

ED カール・オルフ 「Carmina Burana ~O Fortuna」

(命を運んでくると書いて運命か)


Carmina Burana ~ O Fortuna | Carl Orff ~ André Rieu

「ラヴクラフト全集1」を持って水族館に行こう

読書 写真

ラヴクラフト全集1を読みましたー。&読んでたら水族館に行きたくなったので行ってきましたー。

ラヴクラフト全集 (1) (創元推理文庫 (523‐1))

 

ネット界隈でよく見かけるクトゥルー神話の創始者にして、宇宙的恐怖なるものの提唱者であるところのラヴクラフトさんとのことですが、よくわからないので読んでみました。

ラヴクラフト全集1の収録作品は以下の通り。

インスマウスの影」

「壁のなかの鼠」

「死体安置所にて」

「闇に囁くもの」

f:id:urutakonbe:20160710093556j:plain(インスマウス面)

 

まず、宇宙的恐怖って何ぞって話になるわけですが。

万物の霊長だなんだっつって地球の支配者面してる人間だけれど、深海とか地下深くとか宇宙には、もっと訳の分からん力を持ってたり、訳の分からんスーパーな知的生命体がいるかもしれない訳で、そいつらが気まぐれに、人間がアリを踏みにじるくらいの気持ちで猛威を振るったら、私らアリは訳分からんままなすすべもなく蹂躙されるだけな訳で、訳分からんけど超怖いよね。

みたいな感じでしょうか。

訳が分からないもの対する恐怖、想像力が豊かな「宇宙ヤバい」ですね。

 

で、おそらく「宇宙的恐怖」を重視した結果、怪物については「名状しがたい冒涜的な姿」みたいなえらいモヤっとした描写しかされないことになったのかと思います。おそらく「描写できる」=「理解できる」⇒「怖くない」、という方式。土地の話題とか建築の話題は執拗に描写してくるのに、肝心な所をボカされるなかなかにもどかしい読書でした。(細部をガチガチに固めてしまわなかったから、後年2次創作的に広まったのかしら)

題材は「宇宙人!」とかベッタベタのアメリカンなんですけど、このチラリズムはジャパニーズホラーにも通じる気もします。「闇に囁くもの」なんかは読みながら「遠野物語」に近いものを感じました。

 

f:id:urutakonbe:20160710163901j:plain(深き者ども) 

 

インスマウスの影」だけあらすじを書いときます。

”物好きな旅人が興味本位の軽い気持ちでで巷で噂のインスマウスの突撃取材に踏み込んだのだけれど、インスマウスは当初思ってたよりもずっとヤバい人外の支配する町であり、旅人は当然のように酷い目にあうのであった。”

 

この話に出てくる怪物は「深き者ども」とかいう魚人的な奴らなのだけど、件の「宇宙的恐怖」の演出によって怪物の描写が余りされないので、イメージが涌きにくくもどかしいです。魚くらいならもうちょっとちゃんと描写できるだろって気がするのですが。

まぁ、故人に文句を言ってもしょうがないので、私は水族館に行って名状しがたい魚たちのご尊顔を確認することにしたのです。

(そういう目で魚を見るのも楽しいかなと思って。)

 

f:id:urutakonbe:20160710172621j:plain(冒涜的に蠢く触手)

 

インスマウス=異界としての世界観の作りこみや、そこからの脱出劇は非常に緻密かつ緊迫感があり楽しく読むことができました。世界のどこかにはダゴン秘密教団に支配された村があって、崇拝者たちが夜な夜な謎の儀式を開いているのかもしれない、とか、人の寄り付かぬ忌まわしき土地で宇宙からの来訪者が会合を開いているかもしれない、みたいなことは考えられなくはないとはいえ、いまいちピンと来ないですよね。

ラヴクラフトは1890~1937年の人なのでエベレストの初登頂が1953年ってことも加味すると、まだまだ人類未踏の土地が多く残されていた時代だったと思うので、妄想も広がりやすかったのかと思います。邪教、密教もまだ沢山あったのかなぁ?

 

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(イア!イア!クトゥルフ・フタグン!)

 

あとは、狂気に至るまでの描写が非常にそれらしく描かれていて、いい感じです。全集1は、どの話も基本的に主人公の1人称語りなのですが、最終的にはみんな狂ってしまうので、もはや主人公本人にさえどこまでが現実でどこまでが妄想だったのかわからなくなって終わります。自分が狂っているような気もするし、自分以外の全ての人が狂っているような気もする。

誰も何も自分すらも信じられないっていうのはまた恐怖ですね。

 

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(目が狂気に満ちている・・・)

 

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(この世のものとは思えない冒涜的な造形だ・・・)

 

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(こんな生物が自然に発生したとは思えない。草間彌生にデザインされたのか・・・)

 

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(このかわいらしさ、名状しがたい・・・)

 

えー、というわけで、ラヴクラフト全集1は海に思いを馳せる楽しい読書でした。

読書って、書いてある内容に自分のイメージがついていけるようになるとより楽しくなると思うので、結局のところ外に出て実際に見てくるのも大事だなーと思いました。

水族館に行くにしても、今回の回り方と、普通に行った場合の回り方はまた別の味わいがあったと思うので、相乗効果でまだまだいろんな楽しみ方ができそうです。

 

書を持て、町へ出よう。

 

ED 筋肉少女帯パブロフの犬

(狂気っつったらこれ)

快楽を飼い慣らすのか、飼い慣らされるのか 「euphoria」

エロゲ

euphoria」フルコンプしましたので、なんか書きますー。いえー。

 

何やらハードめなエロゲの傑作とのことなのでワクワクしながらプレイし始め、私の期待を裏切らないどころか遥か頭上を飛び越えていくすげぇエロゲでした。

私はエロゲ歴2作目の糞にわかなので評価に困りますが、私のゲーム歴、読書歴の中に含めてもかなり上位に入る大好きな作品になりました。

なんというか「家畜人ヤプー」とか「O嬢の物語」とか「ドグラマグラ」の遺伝子を感じたような気がして、凄く嬉しい気持ちになりました。これらの奇書、問題作って、一代限りで途絶えてる(だから貴重)って気がしてたんだけど、私の知らないところで脈々と後継が作り出されているのかもしれないと思うと多幸感に包まれながら眠りにつけます。この糸は弱そうに見えて以外に強靭ですね。

 

↓この並びです!

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あらすじ!

真っ白な部屋に閉じ込められた主人公(恵ちゃん)と5人の少女たち(委員長は含まない)。淡々とした機械音声が凌辱ゲームの始まりを告げる!扉は全部で5枚、1回のゲームをクリアすると扉は1枚開かれる。開錠者(恵ちゃん)は用意された鍵を鍵穴(少女たち)の口・膣・乳・尻といった部位に使用する。 5ターン以内にすべての扉が開かれなければ全員死亡。主人公の選択は?!ゲームの目的とは?!

あらすじ終わり!

 

あらすじとしてはこうなのだけど、どちらかというと部屋から脱出してからの方がメインのストーリーとなるので、「SAW」とか「cube」とかの派生は正直飽きたよという人でも楽しめるかと思います。単に理不尽ゲームものとして見ても、エロゲという媒体の強みを最大限に生かした冷酷無比な内容となっていますので、年齢制限なしの映画とは一線を画すかもしれません。

 

私の攻略順は以下の通り

「凛音様」(澄ました顔しやがって、犯してやる!)

 ↓

「鼻フック先生」(ストーリーにあんまり関わらなそうな女だ!早めに犯してやる!)

 ↓

「梨香ちゃん」(うざい女だ!手酷く犯してやる!)

 ↓

「合歓ちゃん」(敵の本丸だ!犯してやる!)

 ↓

「叶」(かわいい幼馴染だ!犯してやる!)

本当は最初に5ターンで複数人を犯すルートに行ったんだけど、全くストーリーが進まなかったので含めてません。ただ、この時に凛音様の綺麗な顔が苦痛に歪む姿を見たくなったので最初に凛音様を選んだっていうのはあります。

 

出てくるプレイ内容はこんな感じ。

電気椅子、緊縛、鞭打ち、首吊り、フィスト(拳)、ギロチン、鼻フック、筋弛緩剤、下剤、スパンキング、舌攻め、キスイキ、水槽、生配信、うんこする、うんこさせる、おしっこ、チューブ連結循環、食ザー、サンドイッチ、異物出産、犬、人間洗濯機、便女、まだまだ沢山。

読んでるだけで楽しくなる身の毛もよだつような素敵なラインナップです!

ほとんど天才が考えたとしか思えないようなプレイや緊縛方法が沢山あり、なんというか人類の英知というか、人間の業の深さみたいなものを感じます。変態は偉大ですな。

お気に入りは合歓ちゃんとのキスイキのシーンでした(私は割とノーマルなのだ)。このシーンをアイス(ねっとり濃厚なやつ)を舐めながらやるとすごくいい感じです。

キツかったのは、チューブ連結循環、人間洗濯機、便女あたりですね。興味深くはあるのですが、トイレに行って少し考えてみて、やっぱりキツいです。

 

これらのプレイを全力で演じ切る声優さんに敬意を表します。ガチすぎる絶叫、奇声、異音の数々に引き攣った笑いが顔から剥がれませんでした。こういうマジのガチの本気を感じられるの大好きです。

 

 というのがeuphoriaの前半の話で、このゲームが名作たる所以はむしろ後半にあるのですが、後半はゲームの面白さを損なう類のネタバレなしでは語れないので未プレイの方は読まない方がいいです。休憩を挟んで後半について書きます。

 

休憩 特撮 「アベルカイン」

どっちを!選べど!獣のように生きていくだけ!

 

 

 

 

ここから後半です。物語の核心に触れるネタバレを含みます。

 

後半は、叶が黒幕だったこととか、本当は合歓が幼馴染だったんだけど恵ちゃんは記憶を弄られて分からなくなっていたこととか、全ての事情を踏まえた上でトゥルーエンドでの「叶」と「合歓」について書きたいと思います。

 

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まさか叶が黒幕だったとはねー。人間洗濯機とか体張りすぎなおかげでまんまと騙されました。

でもまぁ、「恵ちゃんの肉便器」になってしまった叶よりは黒幕としての白衣の叶さんの方が素敵で欲情します。「恵ちゃんはモルモットなんだよー」と種明かしする時の叶の楽しそうなこと。

全てが演技だったと知ってからだと、地下ゲームの時の叶の言動も別の味わいが出てきます。後に恵ちゃんのことを「最初から最後まで大嫌いだった」と言うその口にどれだけ奉仕され、甘やかされたことか。地下ゲーム中の叶の気持ちを考えるとどこまでも妄想を広げられそうです。

 思うに、叶がやりたかったのはミルグラム実験とかスタンフォード監獄実験みたいなことで、権威や場の空気によって思考を停止し、己をなくす普通の人々のように、恵ちゃんが快楽の虜となって完全に叶の操り人形になるように仕向けてたんです。

叶は基本的に、「人の心なんて簡単に操れる」と思ってる娘なんです。自分は恵ちゃんの奴隷だと言いながら実際のところは恵ちゃんの方を奴隷(または犬)として調教してたんですね。

地下ゲーム終了後の学園で非道の限りを尽くしてたように思えるモブたちを見たときは、「なんだ、モブの方が恵ちゃんより鬼畜じゃないか」と思ったものですけど、あれは、おそらく洗脳されていただけで、モブ共は仮に元の世界に戻ることができて学園内での行いを罪に問われたら、ふてぶてしくも無罪を主張するアイヒマンなんです。

その点恵ちゃんは地下ゲームの時から一貫して、「ルールだからしょうがない」とか「自分も被害者だ」みたいな思考に流されず、「自分は加害者であり、自分の意思で犯したいから犯すのだ」というスタンスを崩さなかったため、叶の思い通りにはならない自分を保つことができたんですね。その辺がモブと恵ちゃんの一味違う所です。

ミルグラム実験(奇しくも叶の5ターン目と同じ電気です)で電圧を最大まで上げながら

「気持ちいいっていうんだ、叶、気持ちいいだろ?」

なんて言う被験者がいたでしょうか?そんな外道は恵ちゃんしかいねぇ。

 

どうやっても思い通りにならない、行動が理解できない恵ちゃんは研究者としての叶にとっては苛立ちの種であったのかもしれないけれど、同時に、どうしても達成したい課題みたいなものでもあったのかもしれません。

叶が最終的に合歓を施設から連れ出すという不合理な選択をするのは、恵ちゃんと同じ「愚かな」行動をとることによって恵ちゃんの思考を辿り、恵ちゃんを理解したかったのかもしれません。

(それって好きってことじゃん。)

 

 合歓

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 黒幕と見せかけて実はメインヒロインだった合歓ちゃん。

時期「眠り姫」として生まれ、ただただ現実に絶望するように仕向けられ、人間の醜い部分だけを見せられ続けてきた不幸の塊のような女の子。ただ、恵ちゃんと出会うことがなければ本当に決定的な絶望はあり得なかったんじゃないかと思わんでもないです。喪失による絶望は何よりも強烈だから。

(合歓ちゃんを絶望させることだけ考えるなら、叶が「賭け」のために恵ちゃんを生かしたのは失敗だよなぁ。そのころから叶は恵ちゃんに対して思う所があったのか。単に調子に乗って遊び過ぎただけか?あるいは、叶は親に捨てられた境遇から「失う」よりも「恵ちゃんに殺されるほど憎まれる」方がより合歓ちゃんを絶望させられると思ったのかも。)

で、恵ちゃんの命を救うために「恵ちゃんに殺されるほど憎まれる」方を選んだ合歓ちゃんは地下ゲームで恵ちゃんを煽ったり、学園を地獄にしたり、凛音様を便女にしたりします。なんか、そこまで実行できるあたり本当に恵ちゃん以外の現実には絶望してて、恵ちゃん以外はどうなってもいいんだなという感じです。

恵ちゃんに対してはこの上なく純粋でありながら、それ以外の現実に対してはどうしようもないくらいの悪意を抱き、それを実行する合歓ちゃんが素敵。

で、結局賭けには勝って、恵ちゃんと共に合歓ちゃんの楽園に繋がれることになってハッピーエンドでも良かったのだけど、恵ちゃん曰く

「俺たちは『楽園』に行く資格はない」

とのことで、あくまで現実の合歓ちゃんと幸福になることを選択し、合歓ちゃんの世界から出て行ってしまいます。

このセリフ、最初はいまいちピンと来なかったんだけど、恵ちゃんと合歓ちゃん両方とも生きているのだから、俺たちはまだ現実には絶望しきってはいない、みたいな意味かなぁ。(「俺は」ではなく「俺たちは」なところがいいですね。)

もしかしたら、合歓ちゃんの世界に繋がれた恵ちゃんが、見えている幸福な世界が現実ではないことに気付くことができたのも、合歓ちゃんが(無意識に)恵ちゃんと現実の世界に戻る「可能性」を残したのかもしれません。

 

最終的に(おそらく叶の手により)全ての記憶を失い大人幼女になった合歓ちゃんと再会したところで物語は終わります。何で記憶を失ったかについてはいろいろ考えられると思いますが、(合歓ちゃんが絶望し過ぎて施設から出たがらないから、とか、仮に組織に捕まったとしても「眠り姫」としての利用価値をなくすため、とか)結局物語は終わってもまだ2人は逃亡者の身であり、受難が終わったとは思えません。

選んだ道は決して楽ではないと思われますが、2人のその後は記憶の失った部分を幸福で満たして行ってくれたら素敵ですね。

 

 

どんなに現実が絶望的でも、何物にも支配されない不屈の精神さえあれば、意外と何度でもやり直しが効くのかもしれません。

 

ED 青葉りんご 「楽園の扉」


euphoria -楽園の扉-

清廉潔白なヒロインの下には死体が埋まっている 罪の光ランデヴー

エロゲ

エロゲ、「罪の光ランデヴー」やり終わりましたよー。いえー。

 

この時買ったやつです↓

urutakonbe.hatenadiary.jp

 

 

私、ちゃんとエロいエロゲをやったのは初めてなので、(昔、クラナドは、やったけれどあれはエロくなかったし)なかなか新鮮で、楽しくプレイすることができましたー。

 

気付けばクラナドから10年以上の月日が流れていることに驚愕しつつ、書いていきましょう。

あ、ネタバレあります。

 

エロゲブランク10年の身としてまず思ったのが、背景の美しさとか、キャラクターの表情やポーズが多彩で場面に合わせてくるくる変わる感じが非常に進化してて、正直それだけでも楽しめるくらいのクオリティーになってるすげぇ、ってことです。

背景は単に緻密になって解像度が上がったとかではなく、ちゃんと美しく見えるように構図とか光源の位置とかまで考えられていて、かつ、イヤミでない、ずっと見てられるような絵になっています。何度か同じ場所でのシーンがあっても何度でも「うわ、綺麗!」と思えるクオリティーですすげぇ。

画面上を桜が舞う演出とか、歩きシーンがアニメになってたりっていうのもあの頃はなかった(と思う)演出だったので、「桜散ったー!」「歩いたー!」と、いちいちビックリしながらのプレイでした。

 

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メインヒロインは左から「あい」「風香」「円来」の3人。

3人とも巨乳です。(「風香」は比較的小さいとはいえ、十分巨乳の範疇)

 

で、3人それぞれの「罪」をテーマに物語が紡がれます。

罪と言っても犯罪とかではなく(一部犯罪かもしれないけど法律に詳しくないのでわからん)、非道徳的とか、周囲の期待を裏切る行為、というレベル。

何が罪か、というよりは罪とどう向き合うか、どう折り合いをつけるか、みたいな話。

 

自分の行いが

→罪になるからやめる、のか

 →罪と知りつつ突き進む、のか

  →罪であることを逆に利用する、のか

 

いろんな選択肢の中から自分とパートナーにとっての最良の結末を模索していく姿は青春という感じ。一度は「罪になるからやめる」選択肢を選んだとしても、なんやかんや「罪と知りつつ突き進む」選択肢に進んでくれるのが痛快で素敵です。なんだかんだ言っても本当の望みはそこにあると思うから。

(風香、円来ちゃんルートはそんな話かなぁ。背負った罪をどう処理するかの違いはあれど。)

 

で、「罪であることを逆に利用する」のが、あいちゃん。

多少語弊はあるかもだけどそんな感じ。あいは、主人公の野々村と、「罪によって繋がること」を求める。

野々村に自分のことを覚えていてもらうために罪を犯すっていうのは、ある種の承認欲求でいいのかしらん。

誰でも時には、「嫌いな人」とか「嫌いな上司」への呪詛が頭の中をグルグルと回って離れなくなることってありますよね。その相手の立場で考えた時に、たとえそれが憎しみだったとしても、四六時中自分のことを思っている人がいるっていう状態に喜びを覚える心理っていうのは実際にあるんだろうなぁと思いまして。

要はそれって解釈によっては、自分はその人にとっての「特別」ってことになるから。

あいちゃんはたぶん、ちょっと孤独でいる期間が長すぎて、自分と向き合う時間があまりに長すぎて、遂には「罪の繋がり」に喜びを感じている自分を見つけてしまったのかもしれません。罪に魅入られてしまったのですね。

流石のこじらせ具合で素敵だとは思いますけれど、とんだ地雷女ですね。

まぁでも、好きですよあいちゃん。おっぱいでかいし。

そんなあいちゃんの物語がどんな結末を迎えるかっていうのはこのエロゲの見どころですね。

 

あと、メインヒロイン3人以外にもサブで「セリカ」と「深柑先輩」が出てくるのだけれど、2人とも凄いいいキャラなので、この2人のシナリオもあったらよかったのにと思ってしまいます。

 

セリカ」は野々村と結ばれなくていいから、うまいこと円来ちゃんと一緒になるルートが欲しかったなぁと妄想します。そのためだったら途中から主人公はセリカに交代とかでも良かったのになぁ。セリカの野望ルートとか。

(要はレズプレイが見たかったのです。)

 

時折挟まれる深柑先輩の、淡々としているようで実はすごく優しく、実は凄く熱いキャラクターが、暗い展開も多いこのエロゲの凄い癒しになっていたので、深柑先輩には凄く愛着があります。(ストーリーに大きく関わってこないからこその癒しでもあったのかもしれないけれど)ただ深柑先輩はどうやったら落ちるんだろう?知的好奇心の塊みたいな人だから、野々村が「お互いの裸をデッサンしましょう」とか持ちかけたらなんやかんや応じてくれないだろうか。

(要は淡々とした先輩が乱れる姿が見たかったのです。)

 

えー。

人と人が「罪」で繋がるっていうのは好きなテーマで、なじみ深いもので言えば「ルパンと銭形」とかも罪の繋がりで結ばれてたり、古くは「フランケンシュタイン博士と怪物」の関係まで遡ることのできる人類普遍の生れ出づる悩みですからね。とはいえ、「罪」のテーマって一般的には「道徳的」「常識的」な立場からしか語られることがないから、あんまり本質に迫るものは少ないって気がします。

そういう所に、「道徳」のしがらみから解放されたエロゲという媒体で切り込んでいくっていうのはすごくいいなぁと思いました。(まぁ、そんな意図があったかは知りませんけど)

そういえば「背徳」と「エロ」っていうのは相性抜群の黄金コンビだと思ってたんですけど、なんか作中ではセックスがえらく肯定的に扱われていて(風香シナリオだけちょっと背徳的だったけど)あれぇ?って感じでした。でもよく考えると小説とか映画とか、なんならAVでさえセックスに対してこんなに肯定的なことってないから、逆に新しいのかもしれない。うーむ。

 

あと、ちょっと気になったことがあります。

 作中の村では最初のシーンから、最後のシーンまでずっと「桜」が舞っています。

ゲーム内で季節が巡る描写はありませんが明らかに数週間の物語りって訳ではなくて、どう少なく見積もっても数か月は時間の経過があるはずなので、(ただし1年は経ってない)その間ずっと桜が咲いてるっていうのはおかしいのです。

(演出の関係上綺麗だからと言ってしまえばそれまでですが)

で、考えたのですが、「桜」は罪上に立つ美しさの象徴だったのではなかろうかと。

これって完全に梶井基次郎桜の樹の下には」式なんですけど、

青空文庫のリンクを張ります。短いし面白いので読んでみてはいかがか)

梶井基次郎 桜の樹の下に

要約すると、

桜ってちょっと綺麗すぎてどうにも嘘臭く、恐ろしく感じる。何の負い目もなくこんな風に咲き誇る花などありえない。きっと桜の樹の下にはおぞましい死体が埋まっていて、そこから養分を得ているからあんなに綺麗に咲くことができるのだ。そう考えれば私も納得して素直に桜を楽しむことができる。

みたいな話。

 

エロゲのヒロインも同じようなもので、純真無垢、清廉潔白で完全無欠なヒロインなんてあり得なくて、その背後に数々の「罪」を背負いながら可憐な笑顔を振りまいているのかもしれません。

作中で桜がずっと咲き続けているのは、

少女たちが自分の罪を受け入れ、各々の未来へと歩んでいく姿を、死体の上で咲き誇る桜に見立てたのかもしれません。

 

(いや、そんなことはないか。)

 

BGM

天野月子 「翡翠(A moon child type)」


天野月子 翡翠(A moon child type)